アナログの心地よさ――水道筋のLEBREとTACOさん
- TANPENS 編集室

- 6月15日
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神戸には、入った瞬間に「この店は、ただものを売っているだけじゃない」とわかる店がある。水道筋商店街のLEBREも、そんな一軒だ。服屋である。けれど、ここでやりとりされているのは、サイズや流行だけではない。似合う服を選ぶというより、その人の生き方や匂いをすくいあげて、形にして返しているような店なのである。
オーナーのTACOさんは、18歳から36歳まで三宮の高架下の洋服屋で修業し、2011年4月4日、東日本大震災の年にこの店を始めた。若い頃には三か月のひとり旅に出て、ロサンゼルスで伝説的なジュエリー作家WING ROCKの前崎リキさんを訪ね、そこから長い縁が始まったという。LEBREには、その長い時間の蓄積が、そのまま店の空気になって流れている。
TACOさんの話を聞いていると、この人は服を「ジャンル」で考えていないことがよくわかる。音楽の服、スポーツの服、飲食店のユニフォーム、オリジナルの一点もの。どれも別々ではなく、その人に必要なものとしてつながっている。だからだろう、ミュージシャンにもボクサーにも、自然と信頼される。服を任せられるというのは、たぶん人を任せられるということなのだ。
実際、ボクシング関係者の山田卓哉さんは、TACOさんのことを「人生の大事なときに、なぜかそばにいてくれる人」と語っていた。試合の衣装を作るだけではない。引退を決断するような場面にも、気づけば横にいる。相談をすれば、話を聞いてくれる。しかも、聞いているふりではなく、肝心なところをすっとつかんでくれる。そんなふうに言われる服屋は、そう多くないだろう。
水道筋商店街に店を構えた理由も、なんだかTACOさんらしい。三宮より車で来やすい、という現実的な理由もありつつ、もっと大きいのは、この街の気質が自分に合っていたのだと思う。尼崎で市場の八百屋の息子として育ったTACOさんにとって、顔の見える商い、個人店が積み重ねで続いていく商店街の呼吸は、きっと自然なものだったのだ。大手チェーンが前に出すぎず、店ごとの色が残っている水道筋を、TACOさんは「最高」と言う。神戸の街を歩き、色合わせを見て、路地の空気を吸い込みながら、次に作りたい服の種を見つけていく。その営み自体が、すでにこの人の表現なのだろう。
いまは何でも簡単に検索できて、服も指先ひとつで買える時代である。けれどLEBREには、それとはべつの時間が流れている。すぐには手に入らない。ここに来て、話して、その人を見てもらって、ようやく出会えるものがある。その少し不便で、でも確かなやりとりのなかに、いまではむしろ贅沢と呼ぶべき心地よさがある。
LEBREは洋品店だ。だが同時に、人と街の関係をもう一度仕立て直す場所でもある。水道筋にこういう店があるということ自体が、この商店街の豊かさなのだと思う。



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