欲求に突き動かされた男が、ラーメンで世界を変えようとしている
- TANPENS 編集室

- 6月15日
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TANPENSの新連載「ひとに物語あり」記念すべき第1回は東加古川のラーメン店「なやんだらここ」代表 の木村亮佑さんのインタビュー

人はたいてい、欲をあまりいいものとして語らない。足るを知れ、とか、身の丈に合った幸せを、とか。けれど僕は、欲求こそが人を救うのだと思う。もっと生きたい。もっと食べたい。もっと認められたい。もっと自分の人生を、自分のものとしてやりたい。そういうむきだしの願いが、ぎりぎりのところで人を前に進ませることがある。加古川市のラーメン店「なやんだらここ」社長・木村亮佑さんの話を聞いていると、そのことを何度も思わされた。彼にとってラーメンとは、商売である前に、自分を救ったものだった。
■ 食べることが苦痛だった
木村さんは、生まれたとき小腸閉鎖症だった。腸と腸がつながっておらず、生き延びること自体が難しい病気である。手術で命は助かったが、その代償として腸は半分しか残らなかった。栄養をうまく吸収できず、子どものころ食事は苦痛だった。食卓に長く座らされ、給食もほとんど食べられない。身体も弱く、みんなが百メートルを走っているのに、自分だけ百五十メートル後ろから走っているような感覚だったという。
そんな彼にとって、数少ない「なんとか食べられるもの」が麺だった。うどんやラーメンなら細かく切れば口にできた。最初、麺は楽しみではない、生きるための通路だった。だが成長し、高校生になって外食をするようになると、ラーメンは別の意味を持ちはじめる。油のうまさ。コクの深さ。食べることの幸福。世の中には、こんなにうまいものがあるのか。その感動が、彼をラーメンの道へ向かわせた。大学時代にラーメン店で働き、卒業後は関西の店を食べ歩き、総大醤に衝撃を受け、さらに塩元帥へ進んだ。無添加無化調でここまでうまいラーメンが作れるのか。その驚きは希望でもあったはずだ。
■ 感動した側では終われない
だが木村さんの話がおもしろいのは、ここで「修業して独立した」という美談だけにおさまらないところだ。彼のなかには、もっと生々しい欲求がある。自分が感動したように、今度は自分の作ったラーメンで人を感動させたい。誰かの店の中の一人では終わりたくない。世の中から、自分にフォーカスが当たってほしい。その思いを彼は隠さない。僕はそこに強く惹かれた。欲求を恥じないこと。自分の野心をきれいごとで包まないこと。それがこの人の強さなのだと思う。
塩元帥で主任になり、副店長になり、店長になり、結果も出した。だが上へ行けば行くほど見えてきたものがある。どれだけ頑張っても、世の中が見ているのは「塩元帥のラーメン」であって、自分ではないということだ。店長になったとき、木村さんは燃え尽きのような、鬱のような状態にもなったという。上を目指して走ってきたのに、その先に自分の希望がない。だったら自分で作るしかない。創業者になるしかない。そうして二〇二二年三月、コロナ禍のまっただなかに「なやんだらここ」を始めた。もちろん現実は甘くない。繁盛店で働いていた感覚のまま独立すれば、店の規模、売上、人件費、回収、キャッシュフロー、すべての現実がのしかかる。木村さんはそのなかで、味と金、その両方がなければ飲食店は成立しないという厳しい真理を身をもって知った。
■ ラーメンは量り作業である
だから彼のラーメン論は、理想論だけでは終わらない。「ラーメンは量り作業なんですよ」と木村さんは言う。料理は感覚と思われがちだが、ラーメンは違う。店として成立させるには再現性が必要だからだ。今日はうまいが次に来たら違う、では駄目なのである。そのために足し算と引き算をひたすら繰り返し、グラム単位で詰めていく。料理人であると同時に、実験者でもある。
しかも彼が目指しているのは、ただ刺激の強い一杯ではない。無添加無化調であること。老若男女が食べられること。毎日食べても飽きないこと。できるだけむくみにくいこと。そしてそれを、現実的な値段で成立させることだ。播州百日どりを掲げながらも、ただ高価な素材を買うだけではなく、焼き鳥屋から出るガラや、店から出る野菜の端材などを工夫して活かす。廃棄されかけるものを価値へ変え、物価高の時代でも美味しいものを手の届く値段で出そうとしている。それは単なる節約ではなく、食の仕組みそのものへの挑戦だろう。

■ 脳がゆれる、ということ
ラーメンづくりの話のなかで、木村さんは印象的なことを言った。「おいしいというのは、脳からドーパミンが出ることです」「どんだけ脳を揺らせるかです」と。強い言葉だと思う。だが、たしかにその通りなのだろう。うまい、というのは単なる情報ではない。身体のどこか深いところが揺れることだ。ただし彼は、その揺れを安易な刺激の強さに任せようとはしていない。無添加無化調で、その狭間を狙い撃ちしようとしている。健康的でありながら、また食べたいと思わせる一杯。その矛盾を成立させるために、研究を続けているのである。
■ 一杯の先にある五店舗の夢
さらに木村さんは、一店舗の繁盛だけを考えているわけではない。近い目標として語るのは、フランチャイズ五店舗だ。だがただ看板を増やしたいわけではない。会社員として店を回した経験と、独立後に人を雇う重さを知る経営者としての経験、その両方を活かしてFCオーナーを支えていく体制を作りたいと考えている。通販も視野に入れ、瞬間冷凍機を導入して全国へ届ける構想もある。彼が広げたいのは「なやんだらここ」という屋号だけではない。美味しいものを、できるだけ健やかに、できるだけ手の届く値段で届ける仕組みそのものなのだ。
インタビューのあと、僕は実際に日にちを置いて店へ行った。話を聞いた勢いのままではなく、少し時間を置いて、ちゃんと客として食べてみたかったからだ。
木村さんの作った塩ラーメンは、たしかに芸術品だった。
芸術品、というと大げさに聞こえるかもしれない。けれど僕はそう思った。美術館に置かれるものだけが芸術ではない。人の身体を通り、人の記憶に残り、人の感情を動かすもの。それもまた芸術だろう。木村さんの塩ラーメンは、まさにそういう一杯だった。
透明感があるのに弱くない。やさしいのに、印象が薄いわけではない。ひと口目から最後まで、味が静かにほどけながら、ちゃんとこちらへ届いてくる。押しつけがましくないのに、忘れがたい。無添加とか無化調とか、そういう言葉をいったん脇へ置いても、まず純粋にうまい。そしてその「うまい」は、たしかに彼の言うように脳がゆれる感覚に近かった。
だが僕は、その言葉を別の言い方にもできると思った。
脳がゆれる、とは、感動の言い換えなのではないか。
もちろん、感動にもいろいろある。人生が変わるような大仰な感動ばかりではない。ふっと息をつくような感動もある。ああ、うまいな。また来たいな、と思う。その小さな震えもまた、立派な感動だ。そして木村さんは、その小さな感動を一杯のラーメンのなかに、きちんと成立させていた。
インタビューで聞いた半生や欲求や野望を知ったうえで食べたから、よけいにそう感じたのかもしれない。けれど、たぶんそれだけではない。彼は本当に、自分が救われたものを、自分の手で作り直しているのだと思う。救われた側では終われなかった人が、今度は救う側に回ろうとしている。その切実さが、味の奥にある。
僕はまたここに来たいと思う。
なやんだら、かならず。

なやんだらここ
〒675-0013
兵庫県加古川市野口町二屋114−7
℡ 080-5315-9034
【営業時間】
ランチ 11:00-15:00 (毎日)
夜営業 18:00-22:00 (火・水・日)18:00-24:00 (金・土)
ラストオーダー 各営業時間30分前



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