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静かな再生。揺れ動く現実を描き、街を彩る存在へー佐藤未瑛

  • 執筆者の写真: TANPENS 編集室
    TANPENS 編集室
  • 7月5日
  • 読了時間: 6分

TANPENS編集部 は 2 回にわたってアーティスト・佐藤未瑛に話を伺うことができた。そこから浮かび上がってきたのは、「生きている実感」を求め続けて歩んできた彼女の軌跡、創作の深い源泉、そして未来への確かなビジョンだった。 社会に出て安定を得ながらも、本当にやりたい創作の世界に戻らずにはいられなかった──。彼女の歩みは、迷い、停滞、そして静かな再生の物語である。

※2026年春号掲載


 佐藤未瑛は今神戸で最注目のアーティストの一人だ。Louis Vuittonやユニクロでのアートワークで彼女のことを知っている読者も多いと思う。

 日常の心象風景を独自の手法で平面に落とし込む彼女の作品群は色彩も構成も大胆で、アート愛好家たちの評価も高く、二〇二四年には、「ニューヨーク公募展2024アートインキュベーション」にて優秀賞を受賞している。

 そんな彼女はいったいどんな気持ちで作品に向き合っているのだろうか。どんな人生の物語があるのだろうか。そして彼女の眼には、この世界がどのように見えているのだろう。


■ 創作と停滞のあいだ──生きている実感を求めて再び筆を取る


 2012年に大学を卒業後、アルバイトをしながらアート活動を続けた。しかし、作品が思うように売れず、常に経済的な限界と隣り合わせだった。精神的にも体力的にも追い詰められ、「このまま続けたら病気になると思ったんです。」そう語るほど、彼女の心身は疲弊していた。

 29歳からの3年間は会社員として働いた。生活の安定はあるが、心が動かない──。

「生きているというより、生き延びている感じでした」と彼女は振り返る。やりたくないことのために過ぎていく毎日を送り、「このままでは自分が変わってしまう」と感じた。

 やがて彼女は、「理解されなくてもいい、誰に見られなくてもいい。やりたいことをやって生きる」という確固たる意志を持ち、退職を決意した。

 再び創作に戻る決意を固め、二〇一九年十一月に退職。会社員としての期間は制作を完全に止めていた。その期間が長かったため、作家としての再出発はほぼゼロからだった。さらに翌年にはCOVID-19が本格化し、発表の場は失われ、「物理的に動けない状態」が続く。そんな中、彼女は黙々と制作に向き合い、作品を描き溜めていった。


■ 転機──神戸市役所を彩った巨大壁画


Balloon  (神戸市役所クーリングタワー)
Balloon (神戸市役所クーリングタワー)

 状況が大きく動いたのは、神戸ミューラルアートプロジェクトへの参加だった。

 神戸市役所の壁面に、縦7メートル×横16メートルの大規模な壁画を初めて手がけた。描いた巨大壁画は、彼女にとって初のミューラル作品。この実績をきっかけに、新長田商店街のシャッターアート、さらに新長田エリアのアートフェス「下町芸術祭」にも選抜され、彼女の名『佐藤未瑛』は、じわりと人から人へと名前が伝わり、活動は静かに加速していった。


■ Louis Vuitton からのオファー


Breath of wind(Louis Vuitton 神戸店)
Breath of wind(Louis Vuitton 神戸店)

 活動が波に乗り始め奔走していた頃、思いがけないメールが届く。

──Louis Vuitton からだった。

 当初はフィッシングメールを疑ったというが、やがて正式な依頼だと判明。

 新店舗のアートワークを任されることとなる。制作期間は予定より短く、わずか二週間。壁面と印刷シートの色合わせなど、極めて高い精度が求められる難易度の高いプロジェクトだった。

「私の持てる技術のすべてを駆使しました」と彼女は語る。

 過酷ながらも充実した日々だったというこの仕事は、今でも彼女の中で特別な経験だ。現在の活動の幅を大きく押し広げる契機となった。


■ 作品世界──抽象と具象のあいだを歩く


 佐藤未瑛の原点はどこにあるのだろう。

 彼女の作品は、抽象と具象が自然に共存する。風景の中で記憶に残った部分だけを抽出し、主観的な感覚に沿って再構成することで、独自の色や形が生まれる。

 それは自分自身の強烈な体験によるものだった。

 七歳のとき、阪神淡路大震災で日常の風景が一瞬にして崩れ落ちた。幼い彼女の心には『現実は突然に変わる』という事実が刻み込まれた。

 その後アートの世界を目指し、 芸術大学に進学したあと、ふとこんなことを思った。

 それは大学構内の同じ場所を描いても、日によって全く違う絵が生まれるということだ。

「自分の内側の状態によって世界の見え方が変わる」この二つの実感が、

「現実の多様な捉え方」

というテーマとして、現在の作品に深く根付いている。

「言葉に置き換えると軽くなってしまう」と彼女は言う。作品は説明よりも、感覚が先にある。その言語化できない奥行きこそが、佐藤未瑛の作品を唯一無二のものにしている。


drawing-violet#2
drawing-violet#2

 現実の風景をそのまま描くのではなく、自身のフィルターを通して再構成された世界。その絵を見た人が、自分自身の経験や感情を投影し、少しでも世界の見え方が変わるきっかけになれば──。

「作品のエネルギーは、見る人の中にあるものと共鳴して初めて生まれる」と彼女は語る。音楽ライブで観客の感情が重なる瞬間のように、アートも人と人をつなぐ媒介になり得るという信念がある。




■ 佐藤未瑛の現在地


 二〇二三年にはユニクロの地域プロジェクトにも参加。神戸の魅力を伝えるために、二五種類ものデザインを制作した。モチーフは、港町・神戸の象徴──ポートタワー、山と海が共存する街の姿。

「地域の魅力を広く伝えたい」という思いが込められたプロダクトは、神戸に住む人、神戸を訪れた人が持ち帰れるアートとしても温かい存在感を放つ。地域に根ざした作品として高い評価を得た。

 そして佐藤未瑛は、日本国内だけでなく、ニューヨークでの活動展開を視野に入れている。

 世界のアート市場のシェアが 三〇〜四〇%を占めるニューヨークは、まさにアートの中心地。日本の市場規模が二〜三%であることを考えると、挑戦する価値は大きい。

「すでに海外への発信は始めている。もっと広げていきたい」

 これから彼女がどの景色を描き、どの国へ羽ばたいていくのか──。彼女の視線は、確かに次のステージへ向けられている。

 今、佐藤未瑛は自身を描くドキュメンタリー映画のクラウドファンディングに挑戦している。完成までには約 一 年以上を見込むという。

 作家としての歩みを再構築し、映像という新しい形で伝えようとするこの挑戦は、彼女のキャリアに新しい章を加えようとしている。


 再生の物語。

 会社員としての生活の中で見失いそうになった生きる実感を取り戻し、再び創作の世界へ戻ってきた佐藤未瑛。静かに作品を生み続けた時間も、揺れながら進んだ時期も、佐藤未瑛の現在を形作っている。

 彼女の描く揺らぐ現実は、私たち自身の感情や記憶を映す鏡のようでもある。

「不安があっても、やりたいことで生きていく」

 そう語った彼女の姿は、創作を志す人々にとっても、大きな勇気となるだろう。



佐藤未瑛 Sato Miei

1987年神戸市出身。

2012年京都市立芸術大学美術学部美術科油画専攻卒業。

現在はアクリル絵具を使用し、主観により変容する光景や風景を再構成した平面作品を制作。

2020年のパンデミック以降、並行して壁画も手掛ける。コミッションワークにLouis Vuitton神戸店店内壁画、ユニクロ神戸三宮店でのUTme!デザイン提供等。ニューヨーク公募展2024アートインキュベーション優秀賞受賞。近年では芸術祭や地域活性化のためのプロジェクトへも積極的に参加している。


2024 ニューヨーク公募展2024アートインキュベーション 優秀賞

2021萱アートコンペ 2021 奨励賞



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