うずくまる少女が顔をあげたときー色鉛筆のアーティストTON 新作個展/空を追う/TORGALLERY/2025.11.22~11.27
- TANPENS 編集室

- 7月5日
- 読了時間: 5分

■明石の街で見かけた絵
TONというアーティストを知ったのは一昨年の秋のことだった。明石のアイドル『YENA☆』の十年の活動記録を連載しようと関係者に取材していると、彼女の名前が出てきた。TONはYENA☆のメンバー一人ひとりの「絵」を描いた。イラストではない。絵だ。

稽古場に通い、ひとりひとりに接し、イベント会場でいっしょに泣いて笑って、十年間続けた。そんな話を僕は聞いていた。彼女の描いた「イエナちゃん」というグループ全体のキャラクターは星に願いを祈っていた。少し切なげで、やさしく、静かに祈っていた。
それはとても静謐だった。
彼女のプロフィールには―色鉛筆で「人」を描く。表現したいのは「人」ではなく、感情や感覚、思考であり、それを「人」という形で表現をしている―とある。
色鉛筆という、細く儚げな線の集合体で描かれているせいなのか、それとも別の理由があるからなのか、それはわからないが、明るくて元気が命のアイドルのキャラクターとは思えない独自の存在感でそこに立っていた。
彼女が描いたメンバーの絵の、トートバックを持って明石の街を歩いている人を見かける。YENA☆が明石で愛されたように、彼女が描くメンバーの絵も愛されていた。
その風景を見て、僕はいつか彼女にあって話を聞いてみたいと思っていた。
■ 二十四色の色鉛筆から始まった
去年の秋だった。
彼女の個展があるときいて、僕は取材を申し込んだ。
元町の喫茶店だった。
人見知りだと彼女はいうが、僕が彼女の知り合いを連れてきたせいか、すぐに打ち解けた。
僕は彼女の話を聞いた。
最初はコンピュータグラフィックに興味を持ち、大学でも学んだが、実際作ってみると、自分に合わなかった。
そこで彼女が選んだのが色鉛筆だった。最初は、家にあったものを使った。決して特殊なものではない。多くの人が最初に手に取るであろう二十四色の色鉛筆だった。
二〇一九年からモチーフにしたのは、うずくまる少女像。
「それからは閉塞感と空虚感で描いてきた」
とTONは言う。
■ 閉塞感と空虚感のかたち
その言葉を聞いたとき、僕はたしかに理解した気がしていた。うずくまる少女。閉塞感。空虚感。息苦しさ。現代を生きる若い感性が抱えた傷のようなものを、彼女は描いているのだ、と。けれど個展会場で作品を前にしたとき、僕はその理解がいかに表面的なものでしかなかったかを知った。

そこにいた少女は、もうただうずくまっているだけではなかったからだ。
いや、正確にいえば、うずくまっていた時間をたしかに持ちながら、そのあとで、ふいに顔をあげようとしている。その気配が画面のなかに生まれていた。白く塗り残されたような身体、あどけない輪郭、大きな目。いっけんすると可憐で、どこかマンガ的でもあるその像は、しかし近づけば近づくほど、見る者を甘やかさない。やわらかな線で描かれているのに、そこには逃げ道がない。
■ うずくまる少女が顔をあげるとき

僕は少したじろいだ。
絵に見られている、と思った。
もっといえば、自分の中の曖昧なもの、目をそらしてきたもの、無意識のうちにやりすごしてきたものまで見透かされているような気がした。「ホンモノ」という言葉は安易には使いたくない。けれど、そのとき僕の前にあったのはたしかに、そういう迫力だった。技術がある、とか、世界観が完成している、とか、そういう褒め言葉では追いつかない。作品のほうが先にこちらの足場を崩してくるような迫力である。
■ 見ているはずのこちらが見返される
少女は、長いあいだ、見る対象として社会のなかに置かれてきた。守られるべきものとして、消費されるものとして、かわいいものとして、儚いものとして。つまりこちらが勝手に意味づけし、勝手に眺め、勝手に所有した気になってきた。少女とはそういう、都合のよい幻想の置き場所でもあった。
だがTONの絵の前では、その一方通行が成り立たない。
見ているつもりのこちらが、逆に見返される。消費するつもりで近づいた視線が、反撃される。しかもその反撃は、怒号や説明によってではない。もっと静かで、もっと深いところからやってくる。黙ったまま、ただそこにいることによって、こちらの欲望や油断や鈍感さを暴いてしまう。
まさか反撃されるとは思っていなかった。
社会はいつもそうだ。少女を傷つけ、名づけ、分類し、愛玩し、消費しておきながら、そのまなざしが自分に返ってくる瞬間を想定していない。だからTONの作品に立ち会うとき、私たちは少し怖くなる。その怖さは、絵の中の少女が不気味だからではない。むしろ逆だ。あまりにも澄んでいて、あまりにもまっすぐで、こちらの側の不純さばかりが浮かび上がるから怖いのだ。

■ 反撃としての美
そこには真実がある。
そして真実は、たいてい美しいだけでは済まない。
TONの作品にはたしかに美しさがある。余白の美しさ、色の沈黙、線の繊細さ、佇まいの気高さ。だがその美しさは、鑑賞者を心地よく慰めるためのものではない。美しさのなかに怖さがある。怖さのなかにしか届かない真実がある。その三つが切り離されずに同時に立ち上がってくるところに、彼女の作品の特異さがあるのだと思う。
うずくまる少女が顔をあげたとき、そこに現れるのは希望だけではない。赦しでもない。まして癒やしだけでもない。そこに現れるのは、見る/見られるの関係が反転する一瞬であり、私たちが無邪気に信じていた世界の秩序が崩れる瞬間である。
その瞬間に立ち会ってしまったから、僕はたじろいだ。
そして、たじろぎながらも目を離せなかった。
TONの絵は、少女を描いている。けれど本当に描かれているのは、少女を前にした私たち自身なのかもしれない。


アーティスト TON(とん)
兵庫県生まれ
宝塚造形芸術大学 映像造形学科卒業
色鉛筆で「人」を描く。表現したいのは「人」ではなく、感情や感覚、思考であり、それを「人」という形で表現をしている。



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