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第2話「源氏物語のころの明石」

  • 執筆者の写真: アケボノくん
    アケボノくん
  • 2025年10月30日
  • 読了時間: 3分

 あっ!学芸員の濵室さんだ!

 また明石のことが知りたくて来ちゃった。

「じゃあ、今日は「中世の明石」についてお話ししようか」

 中世?ってなんなんだゾウ?

「うん、中世っていうのはね、平安時代から戦国時代くらいまでのことなんだ。今の明石は兵庫県のまんなかにあるけど、昔は都を中心とした地域とそれ以外の地域とのちょうど境目だったんだよ」

 へぇ〜都会と田舎のはしっこだったんだね。

「そうそう。昔の地図でいうと畿内と畿外って分け方をしていて、明石にはその境い目にあたる櫛淵という場所があったんだ。もう千年以上前の「大化の改新」のころから、ずっとそんなふうに考えられていたんだよ」

 じゃあ、光る君(光源氏)もその明石に来たんだね!

「そう。源氏物語の中で、光源氏は『すこし都を離れて過ごしたい』と思って、都を出ないギリギリの場所――つまり明石のとなり、須磨へ行ったんだ。貴族は都の外に出ちゃいけないって決まりがあったからね」

 明石って、古い時代から有名だったんだね。

「うん。たとえば万葉集に出てくる歌人の柿本人麿も、明石の海の歌を詠んでるんだ。海を渡るときに『もう都を離れてしまうんだ』って不安な気持ちを歌にしたんだね。

 ふむふむ。いまの「新幹線で東京を出るときのさみしさ」みたいな感じかな?

「まさにそれ!昔の人も同じ気持ちだったんだよ」

 光源氏と明石の君は、どんなふうに暮らしてたの?

「お金持ちの娘である明石の君の屋敷に、光源氏が馬に乗って通っていたんだ。貴族なのに牛車じゃなくて馬で通ったのは、こっそり行きたかったからかもしれないね」

 ロールスロイスじゃ目立つから原付で行く、みたいなもんゾウね!

「まさにその通り(笑)!」

 でもどうして明石がそんなに栄えたの?

「いい質問だね。明石は海に近くて港があったから、いろんなモノが集まったんだ。中でも「かわら作り」がとても盛んで、京都の平安京でも明石の瓦が使われていたんだよ」

 へぇ〜!昔のやきもの王国だったんだ! 明石って、すごい人たちも来てたの?

「そうなんだよ。平清盛や藤原定家も明石の国司だったんだ。つまり、明石は文化も政治も大事な場所だったんだね」

 さいごに、明石の中世のすごさを一言で教えて!

「そうだなぁ…。明石は昔から、都会と田舎をつなぐ文化のかけ橋だったってことかな。海の港があって、様々な人や物が出入りした国だった。そして今も、その歴史がちゃんと残ってるんだよ」

 ゾウ〜っ!なんか誇らしい気持ちになったゾウ!

「ところで、きみの名前決まったよ。たくさんのひとがきみの名前を考えてくれたんだ。知りたい?」

 知りたい! 知りたい!

「じゃあ、発表します。アケボノくんです!」

 うわあ、めっちゃうれしいゾウ。今日からボクはアケボノくんだ!

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